大谷能生×木村覚往復書簡(メール)4

(4)大谷→木村

返信ありがとうございます。いろいろバタバタで、前回は書きかけな感じで送ってしまいましたので、とりあえず前回の大谷話をそのまま継続しますね。ここまでは歴史的な話、つまり前提で、このあとようやっと木村さんの問いに対する事柄に入っていけるのでした。

 00年代以前の即興演奏とは、木村さんの言葉を借りるならば、端的に「主体が明確に存在」している音楽でした。ステージに出て演奏している人間が主体であり、そこでおこなわれている演奏は、聴衆にはルールも目的もわからない、謎めいているが、しかし、確実に何らかの「誘惑的な時間」が生まれえるものだった。このような、「作曲者ではなく、もっぱら演奏者の主体に任せる」形での「即興演奏」が、二〇世紀の芸術作品の中では、比較的早めに成立・自律することが出来たのには幾つかの理由がありますが、今回は省いて先に進むと、こうした「強い」即興演奏を魅力的におこなうプレイヤーは、70年代後半から80年代にかけて大勢あらわれ、現在でも現役で活動しています。また、彼らの演奏を聴き、彼らとの競演を通して、このような領域に自身の活動の根本を据えたその下の世代のミュージシャンもいます。(日本も含めて。話が横滑りしますが、現在20代前半のミュージシャンに、また新たにこうした「強い」演奏を行う、しかも魅力的なミュージシャンがちらほらと現れているようです。ギターの康勝栄、ドラムスの弘中聡とこのあいだ競演したのですが、非常に面白かった)。

 しかし、杉本、大蔵、それに宇波ら(他にもミュージシャンの名前を挙げるべきなのですが、とりあえずここでは省略します)が、「即興演奏における、音楽的素材の拡張。およびそこから作られる時間構造の複数化」を押し進めたことによって直面せざるを得なくなったのは、「もはや主体がどのようなものであっても、演奏はそれなりに成立してしまう」という事態でした。大きく話を端折りますが、ここから、これまで自明とされてきた「演奏者=主体(それも、強い意志を持った)」という即興演奏の前提に対する問い直しがはじまります。

 まず疑われたのは、というか、はじめて見直されることになったのは、これまで「主体」を構成するとされてきた二要素、「演奏者」と「楽器」との関係性についてです。(ダンスと異なり?)この二つの間にはさまざまな関係性・距離を導入することが出来ます。特に電子楽器においては、それぞれが完全に自律した系を成すことも出来る。こうした距離における実験のなかから、単なる「他律」でも「自発」でもない時間が生まれてくるのですが、「室内楽コンサート」シリーズにおいては、ここで得られた成果を元手にして、さらに逆の目に掛け金が置かれている。
 音楽が、演奏者と楽器との関係性から生まれてくる、ということは分かった。では、そこで、音楽の実質を形成している「音」は、一体何と関係して「音楽」を生み出しているのか? 「音」が何と、どのような関係を結んだ時に、われわれは「音楽的経験」を得た、と感じるのか。

 「室内楽コンサート」シリーズは、素材としての音を明確に設定し、演奏者に厳密な指示を与えることによって、「音」を「演奏者」でも「楽器」でもない「他の何か」と関係付けようとする。これは杉本さんと飲み屋で話していたことですが、たとえば、「音」の横に「蕎麦」を置く。音と立ち食い蕎麦屋のメニューを関係付ける。ここに生まれるものは何か? バカバカしい話です。バカバカしい話ですが、こうした状態における「主体」あるいは「ある」の哲学とはどういったものなのでしょうか?また、こうした試みを成り立たせる、成り立たせている「音楽における観客論」というものには、確かに興味があります。

 「室内楽コンサート」を第一弾に選んだのは、PA設備などにそれほど気を使わなくていい、という物理的な条件もありましたが、まず端的に、ぼくがここ2,3年で経験した音楽コンサートの中で、もっとも「能動的に観客に聴くことを要求する」音楽だったからです。この音楽は観客を振り回してはくれません。が、このコンサートは、ここで切り落とされているもの、または逆に、彼らがここでコンタクトをとっている「不在のもの」に対する想像力を充分に刺激してくれるのではないか、と思っていました。とりあえず、ここまでで送信します。

大谷能生
(2008年5月1日 12:14:41)
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by directcontact | 2008-04-25 22:42 | vol.1神村恵×室内楽コンサート


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