黒川直樹「黒鳥グラジュアル」(第二席:大谷)(3)

 「嘘じゃありません。仕掛けたのは女です」
 それから、ちょっとちょっと、聞いてくれませんかね、わたしたちはみんな裸だったんですよ、さいしょ、それで、うろうろしている黄色を哂ったりしたらいけないじゃないですか、うろたえることなくこの日の衣装を身につけてメイクをするとようやくいつもの私になれた気がしたので旋回してビルの表に向かうとエスカレーターの前に大きな彫像のオブジェがあることは想像していなかった。つまり、私はまだ、神体を見つけてはいなかった。
 「今だったら。そう言いたいと」
 そうですね。今なら分からない事があるということも判りますけれど、進みましょう。「進退とはそうして極まっていくようですし」という啓示的な小言だって枯れ散った言の葉に走り書きすれば叱られぬうち沈めてしまえる。
 「そこ、何処か教えてちょうだい」
 いいよ、ここでなら、よいかもしれない風邪ひくほど寒くもないしね、ただね「呼びかけたので応える」というフレーズを日本語的に間違いとする現代であると真諦せず、呼び応じるなにものかがそこにあるのだからと確かめてみれば私にも分かることあるのかもしれないからね、うん、そうですね、喩えるなら神体がどこにあるかについて、楡、それが路傍の菱みたく私たちの浮き具になってくれないとしても、私は「繁みに入ったでしょう」みたく振り返ればなんとでも言えてしまうよ、はじめから、コッキ、なかったのかもしれないし、ひねってみて臭ったらどこかから漏れているんだ。

   飛び跳ねる女
        あかりが照る
      舞台をうろうろする女
    止まって、まっすぐ遠くを見る

   跳ねる
   跳ねる

      そうやって舞台上を回る女

     ぜいぜい喘ぐ
         男と女

    ・女「ワ」「オー」
   (「ワ」を強く。「オ」は「ワ」より少し小さく)
    ・男「ワ」
   (女の「ワ」よりはっきりと、短く)

       一人の男
                     床に
                   字を書く
            振り
     そのとき別の男
   パイプ椅子に
         絡みついた

 あなたの手先とわたしの敵、その憂鬱。
 「だけど俺、飛んでるの見つけたら必ず撃つから」
 それを信じていたのかもしれない。信じようとしていただけかもしれない。どちらにせよ、わたしはそのときにもう繁みにあって、だからエスカレーターの下にあんな大きなそれも光るオブジェがあるなんてこと知れるはずもなくって、もちろんそこにあるならばそれを知りたかったよ。いつか飛べるかもしれないならそれはじゃあいつ頃なのかって知ろうとしてここまで泳いでだって来て、だけど、だからって明日を歩くための足だとか私の指先の血管を守るためのこの爪だとか喜びに弾けさせる跳躍のための筋肉であるということの、それぞれを、あらためて考えてみたりもせず、わたしはただ君が「いつか撃つから」って話してくれた「こと」ではなく、あの時のそれ丸ごとを、あなたが私を楽にさせようと思っていること感じさせる時間そのすべてを私は信じていたつもり、つもり、つもりに積もった塵を掃き、掃いた塵がこんどわたしに手先を奮わせるから敵ったらいつまでもいなくならないよ。
 そうね、どうして?わたしたち、似たもの同士。
 撒かれた餌がいつしか火種として鳥でなく同志でなく氷嚢を散らすようになる家庭を敵というのでしたら、僕はいつまでも過程、貴様が回した腕を風景としては許せないでしょうから、それじゃ苦しさにいつか堪らなくなって飛ぶよりも沈むそれでいいと諦めてしまいかねないからさ、ともかくまず一度「ねえ」と呼びかけ、そしてさらに応じてもらいたければ私はまず君の名を口にして、それから耳、澄まそうと思ったのです、だってどれだけ濁っていたんだとしたってさあ、私そんなに嫌いじゃないし、ふふ、隠したって見つけられちゃいがちじゃないそういうことって、それに、ナントナクワカルノヨネ、どちらにせよ、もうそこに繁みがあって、君、そこにいるしか他にやりよう無かったんじゃないのかなって。
 「ところが、魚が海水から飛び撥ねるしらべ、君はそこで胸をおどらせる私に忍んで」
 ええ。それから掴んで落すつもりだった。でも、ここの、結びのところ口に含んでおいて、二三度噛みしめてから、落とすつもりだった君に代えて終わりまで沼に吐き出した、から、今でもどろどろしているから底だって見えやしないから、どこまで潜ったらいいかだってわからないけどね、ところが、貴方には、わかったんでしょう、伝わったのでしょう、わかってたのでしょう、それならばいいじゃない心構えってね、放たれるのと、逃げ出すのと、鼻垂れるのとじゃ、ぜんぜん違うのよ。

   舞台に
     便器に水が流れる音
          「流れる」
   そこにたった一文字
      「さ」
        を組み込めば
     「流される」
     になるということ

    流れていかずに
   反復を続ける彼ら
    もちろん差異はあって
       運動が
     差異が差異でなくなるまで
      反復され
    存在的な距離が近づくとき
      あらたに差異が
     つくられる
      あらたな差異に
         あらたな彼らが
      つくられる
   
   オブジェ
 
          椅子に巻きついている男
      彼はもう転がってないよ
          転がり椅子に巻きついた
       彼はいまそこに居ない

      座りっぱなしの女
    女の臀は
      椅子の天板
      接している
           女は膝に
             手を
             添え
   前方を見つめる

    というのは偏った認識であると
    伸ばされた女の
    背筋が
    教える
   
   気配がない

       彼ら
     そこにいるのに
    触れようとすればそれだって
    叶う
     のに

   そこに居ない

   気配がない

      「そんなもの失くしなさい」
   意思を感じさせたらいけない?

     いけないの?

   ううん、そうじゃないかもしれない

 「けど。危ないところだった」
 だから?
 だから、って。それはちょっと、あんまりじゃない。
 「そうは言ったって、呼びかけたから応じたっていうのは、やっぱりおかしいよ。たとえば進退というものがあるとして、僕たちはそのどちらかにしか爪先を向けられない」
 どちらかって、なによ。
 右を向けば左に背だろ。
 「上手、やって来た。寄り添い合うように、ふたり」
 そう伝えると踵を返し、反対側の白壁に倣って心を空けたけれど、事実、そこで私は君に、そうじゃないこと、なんだか、わかりきったことをわざわざ言うねってことだったんだよ、白け、誘蛾灯、粉雪のように集まれば焦げる蛾の、ね、わかってもらいたいことについては、君、想像すらしてくれなくってだって私の目を見つめてくれるのって私のウブを詰るときばっかりでね、そういうのって自分じゃわからないものだったりするんだよね、もういいよ「呼びかけたから応じた」んじゃなかったんだって、これじゃ可笑しな日本語になってしまうものだってね、わかる、だけど始めから考えてみたらさ「呼びかけられたから応じた」と言っても「呼びかけたから応じてもらえた」と言い直すにしても、私には君があって、君には私がなかったよね。一昨日に甘噛みされたつま先は、もうマニキュアで隠した。その目隠し剥がせれば見られるけれどね、蔦みたくパイプ椅子に血管をまもる肉と皮膚を絡みつけたりして、後手に縛られた沈黙の君に雄たけびでない別の何かが出来るかしら。
 私は手にした鋼鉄を筒状にし、その穴に忍ばせた真諦を彼のこめかみに当てる。
 もうちょっとだけでも。感じてくれてたらなあ。

   いや、そうであるはずである

    ・わたしたちはここにいる
    ・わたしたちはそこにいた

     わたしはここ
      あなたはそっち
     わたしとあなた
       そっちとこっち

    そういった兆し

   抗おうと
      してるのではないか
     そう見せるのは
       ひとの輪郭か
      そうである限り読みとらせてしまうか
       凹凸
       おうとつ
       おうおう、とうとう

   「逃げ出すことができないか」

       生きている限りそうか

              もう許そうか
   
      そのまえに
      近づいてくる
      砂嵐のような
      音だ

     蝗?
     その襲来?

    舞台に轟く

   男が一人舞台から出てった

 ためらいより先にやってきたのは意思の欠けた存在だった。うん、あれは左手の入口からだったからね、だからといって進退だけに極まるのかというとそうではない猪であるのだから、そこに意思が感じられないないからといってひょっとしたら石に躓くかもしれず、ということはもしかすると意思でない猪であること読みとらせる市史であるならば、しかし所はコンクリートのフロア、いまでは志士ですらある役者の数は目の前に四人として数えられるけれど、そもそも彼らは、数として意図された擁立なのだろうか、わたしは彼らを彼らとして捉えていいのだろうか、彼らは彼らかもしれないけれど、それは四人の彼らではないのかもしれないじゃない。

   菓子袋を開けた女
         ボリボリ
     物が噛み砕かれる
       無表情で貪る女

         客席  真ん中 通路を進む

    男はまだ椅子と一体

       腰掛けの女が
    他の椅子のこと
     三つの空白とする

   外の音、行き交う車に外が知らされて
 
     ここどこだろう
     外?
     「内と外」の外としか言えないわ

                  底?
             そこってどこ?

    「どこだろう」

       わかんないから
          行くしかない

    かもしれないよね

   パリパリ
   油であげられたジャガイモ

     ・女に噛み砕かれる
     ・噛んで喰らう女

           椅子に浅く腰掛け
              両あし投げ出した

     いま、四の意味は?

      ・四人の役者
      ・四つの椅子
      ・内と外
      ・街路の喧騒

   立ち上がる女
      壁際にうなだれてるのは男のほう
               うなだれの男
    しゃんとして

      座る
      立つ
      座る
      立つ座る
      立つ座る立つ
      座る
      立つ

    なんども繰り返し

   うなだれてた男
        いまじゃ
      うなだれは壁際に置き棄てて
         転がりながら
      舞台から
               消えてった

   あ、出てった

                   床
          食べ終えられた菓子袋

      車の音
         エンジンの音

   ここでいっぺんに明かりが消える

 どこまで触れられているのだろうか、なにか聞き取れているだろうか、嗅ぎ分けられていないとしたら、それは彼らと彼らの語りかけと彼らに作用するありありのそのどことどこを混ぜ合わせてしまっているからなんだろうか、野菜と辞書にたっぷりの油、見つけられないうちは私だって見つけられずに居られるからいいとするそれはふしだらか、澄めばよかった、そうしたらどれくらい潜ればいいかわかった、水中じゃ息をよす代わりにもう一度だけでいいから数を挙げさせてはくれないか、そのために躓いてもらいたく疼くのだ、君は彼か、それとも彼は彼らかい。
 「もう。誰とも繋がないと決めた手の平なら、どれだけ柔らかくったって神体と呼ぶべきじゃないのかもしれないわ」
 彼らは君じゃないのか、いや、そうだ、そうじゃありませんか機能である真諦であるとしたらそれはまやかしではありませんか。

   ヴァララララララああヘリか
     ヘリだ
     プロペラ
   旋
   廻
   す
   る

   ヴィララララアアララ
   爆音が網を張る

   空が囲いになった

    役者に椅子
       倒された

   羽化した
      割れた卵
         棄てられた
            蛹のよう

      女、舞台奥に進み、立ち止まり
                振り向く
      斜めの肩の支える
            見返りの面

   右から役者
      このとき舞台に

        ・うつ伏せ
      ・座位
   ・直立
    ・中腰

    紙飛行機の飛跡のような線
     舞台上に重力が作用していると知らす
   
   でも今は穏やかでない
      ヴィララララアアララ
     つづく轟音ィラララ
    みみ、つんざく
   ちりぢりに

   ヘリ
    ヘリ
      ヴァララララララ
      ヘリ
    ヘリ

    逆巻かれる
   先にあった紙飛行機の
          曲線は
      水
      平
      に
      分
      け
      断
      た
      れ
      た

   ヘリ   ヘリ
     ヘリヴィララララアアララ
   ヘリ、ヘリ
   ァィラララヴィヴィヴィアアララ
      ヘリ
    ヘリ

                倒れた女
              斜めに廻る男
      椅子に座る男
      ァィヴィヴィヴィアアララ
    もうひとりの女
     ィラヴィヴィヴィアラ

   もう飛んでってくれないかな

   ヘリ
    ヴィヴィヴア
   ヘリ、ヘリ
     ァィアアララ
      ヘリ、ヘリ
   ヘリァィヴィアアララ
    ヘリ
   
   もう充分燃やしたんじゃないかな

     廻った?
        回された
         倒されるように倒れたから
            きっと倒されたんだ

   内も外も
    どちらもカタキ
    ァィヴィヴ
   ヘリ、ヘリ、ヘリ、ヘリ
    アアララ

       あんな姿勢することってある?
    だってときどき彼ら人じゃない
      人じゃないなら「彼ら」と呼べない

   そう
     だからフォルムがいる
   そう
     フィルムがいる

   照明は暗転〜点灯へ
     ガヴィガヴィィアアラィィ

   ヘリ、ヘリ
   そしてサイレン



   轟音去って




   「世界は醒めましたか」

    ねえ、いまどの辺りなの
    ん、ちょっと待ってて

     もし今ここに
        なにか
       過ぎてったのならば
     そうだったんだとしたらさ
      それってなんだったんだろう 

    過ぎてったものって

 でもね、もう見つかってしまったって、さっき信号が届いた、だからそろそろ此処も焼き払われてしまうから急ぎで伝えなきゃならないことが悲しいのだけれど、手短にね、閉じた手の平は無理にひろげなくていいから、これだけは聞いていってね、あのね、もしいますぐ応えてもらえなかったとしても、それでも諦めずに呼ぶのよ、それとね、茨がどれだけ鋭い棘であったって傷になるくらい大丈夫、でも、茨をその身をくくる縄にしてしまうのも、また、あなた自身のコッキなの。だから繁みは屈んで進むこと。さもなくば「振り回される」そうでなくても「退かされる」ことはもう知れている進退でしょうけれど、飛ぶ、撥ねる、飛ばされれる、撥ねさせられる、飛び跳ねた、飛び跳ねさせられたと伝わってきた、飛んだ跳ねた、跳ねてから降りてこんどは飛ぶ、跳ぶんだ、飛ぶんだ、跳ぶんだからって羽で飛ぶ、跳ねて飛ぶ、飛んで跳ねた、飛び跳ねて富んだ、富んで刎ねられたので飛んだ、富んだら羽、羽で飛んだら撥ねられた、撥ねた、飛べずに跳んだ、挑んだ、ほら聞こえるでしょ戦闘機よラヴァリヴァリアリアリリリリヴァリもう時間がリヴァリリヴァリヴァ無いのねヴァリア会えなくなっても出会えたヴァリヴァ二人のリアア記憶にはいつだって会えるからァリアリアだから忘れないヴァヴァリアリヴァリアうちに言うギャンギャギャガガンわ。
 「ここは湖じゃないの」
 走りなさい、撥ねられるまでなら貴方にだってゆける。そのために紙じゃなく音に倣いなさい。記譜すればそれが自由よ。

   誰かが動き、誰かが止まる
          倒れて立ち、立って倒れる
    でもその役者の動きの繰り返しは
     「また」を
     感じさせないのだ

   (ここまでのこれは描写か?)
   (それとも状況か?)
   
        あるようでなさそうな物語

 あくび、おめおめと、灯火は儚き、破ったビニールに油菓子を頬張る演者が舞台から客席に直線を引く、それは作品の流れにとって膠であるしィィィヴイイヴイイィヴィィィィンとエンジン音が消え跡に倒れし女の首裏に汗粒、ほら、苔むした姿態を隠す礼服が桟橋に下げ墨、椅子の男、触れず、振り向きもせず、まだ触れず。芳しき鬼火、おめおめと、はくび。

   彼らは動きの最中にいる
     また動きそれ自体でもあって
    どちらでもあるときがある
      なんにせよ
       彼らはどれだけもがいても
        そうしたくても外との繋がりから
    離れられないでいるんじゃないのか

   離れないからこその
     ではないか

 「息を静めて遠くを眺めてごらん。そうしたら君が最も思い出したくない記憶につきあたるから、そこを右に曲がってちょっと歩くと僕の家があるので、君、息を潜めて近くを均したら服を脱いでから躊躇いなさい」
 こうして、演じ手として身振りするように見える人間がひとり、明日にしか進むことのできない血と肉と骨の分節をもって、地面とも地平とも地上ともちがう平らな面に「己」の字を与えることになりました。するとどうでしょう。演じ手でない時も過ごしているかもわからない女を輪郭させることで宙を宙たらしめる人間がひとりここに、平らな面から「己」の文字の報礼として「乙」を受け取るかそれとも拒み抗うか選べるようになりました。
 「見て欲しい、ううん、見て欲しくない、どちらでもない」
 上体を隙間なく包む黒い衣の金糸の繍が、宙の故に彼女の弧をしならせます。

   彼らの動きが動いてる
   (いいやそうでない)
     彼らが動きは
      動きに動かされてのことでもあり
    どこへも進まないときは
   中空に
   もがき
     もがくことで彼らはなにかであり
          彼らでありながら
     なにかであり
       彼らでもなにかでもなく
     別のなにものかを
    読ませる
   何か
     であることも
         またあり
      読みとらせる何かを
   越えた
    なにかそのものとしての
         手触りを訴えもする

    訴えられた私は
       視覚の機会を得る
      私は世界に対する視覚を
          こうして彼らから
   彼らから視覚の資格を授かる
  
   そのことを彼らは自覚しているだろうか

   彼らは
     舞台上にいる時間には
       どこからも
       なにからも
   一切を借りない

   すくなくとも

      そうであろうと
        放たれら彼らの心が
      白壁の向こうに

   晒されている

   午後八時四十二分
      そのように見えるのだ

    もしかするとそれら
      野晒し 彼ら 白い心は

   かつて

   逃がされたのかもしれないが

   それは

   盗まれたものかもしれないが
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by directcontact | 2008-12-17 08:58


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